全国で賛否両論議論百出喧々諤々の議論が巻き起こっている”かかりつけ薬剤師”制度。「薬剤師の奴隷制度」「キャバクラの指名制度」「ストーカー推奨制度」などなど、いろいろ表現されていますが要点は以下の通り。
1.一人の患者につき一人の薬剤師が契約、同意を書面で取る。
2.次回以降の加算算定が可能。ただし当該薬剤師が投薬した場合に限る。
3.受診しているすべての医療機関、服用薬(含OTC)の情報管理。
4.当該患者から24時間相談に応じる体制を取る。
5.開局時間外の連絡先と勤務表を渡す。
公式は以下。かかりつけ薬剤師についてはP89をご覧ください。
厚生労働省 個別改定項目について(PDF)
また、かかりつけ薬剤師になる条件としては以下の3点。
薬剤師経験3年、週32時間以上勤務、当該薬局に半年以上勤務していて
薬剤師認定制度認定機構の認定薬剤師であり
医療にかかる地域活動の取り組みに参画していること
1.薬局ではなく薬剤師個人に”かかりつけ”機能を?
以前はかかりつけ薬局かかりつけ薬局言っていたのに、いきなり出てきたかかりつけ薬剤師。なぜ機関ないし法人ではなく個人に紐付けるのか。
もちろん実際に現場に立つのが個人である以上、多くの場合かかりつけ薬剤師と言うべき個人はいるはずです。しかしサステナビリティやアベイラビリティを鑑みると、個人に紐付けたシステムは非常に脆弱であるというのは少し考えればわかるはず。
かかりつけ医ならわかります。多くの医師が自営ですし、医療行為のスタート地点ですから。対して薬剤師はどうでしょう?多くは雇われ、かつ医師の下請け構造にあります。現行制度下ではかかりつけ薬剤師の必要性を感じません。
病院のカルテや薬局の薬歴は何のためにあるんでしょう?人が変わっても患者の情報を共有し、正しい医療行為を行うためですよね。お薬手帳もそうだったはずです。ここに来ていきなり個人に紐付けようとする意味がわかりません。上手いシステムが構築できなかったから「薬剤師個人に責任を押し付けよう」としているのでは?と勘ぐられても仕方ないです。
さらに、労働基準法との整合性はどうなんでしょう?24時間どこにいても何をしてても電話に出ろという働き方。時間外手当など会社との契約と併せて気になるポイントですね。今後の動きに注目しましょう。
2.契約しなければしなくていいの?
一部の薬剤師からは「今までもやってたことじゃん」という声も上がっています。冒頭の要点ではだいぶ割愛していますが、実はけっこう「何を今さら」な内容もあります。
少し長いですが算定要件を抜粋します。
[算定要件]
(1) 患者の同意の上、かかりつけ薬剤師として服薬指導等の業務を実施した場合に算定する。
(2) 患者の同意については、患者が選択した保険薬剤師をかかりつけ薬剤師とすることの同意を得ることとし、当該患者の署名付きの同意書を作成した上で保管し、当該患者の薬剤服用歴にその旨を記載する。なお、患者の服用薬について、一元的・継続的な管理を推進する観点から患者1人に対して、1 人の保険薬剤師のみがかかりつけ薬剤師として算定できる。
(3) 当該指導料は、患者の同意を得た後の次の来局時以降に算定可能とする。
(4) 当該指導料を算定する保険薬剤師は、以下の要件を満たしている旨を地方厚生局長等に届け出ていること。
① 薬剤師として◯年以上の薬局勤務経験があり、同一の保険薬局に週◯時間以上勤務しているとともに、当該保険薬局に◯年以上在籍していること。
② 薬剤師認定制度認証機構が認証している研修認定制度等の研修認定を取得していること。
③ 医療に係る地域活動の取組に参画していること。(地域の行政機関や関係団体等が主催する講演会、研修会等への参加、講演等の実績)
(5) 他の保険薬局及び保険医療機関においても、患者が選択したかかりつけ薬剤師の情報を確認できるよう、手帳等にかかりつけ薬剤師の氏名、勤務先の保険薬局の名称を記載すること。
(6) 患者に対する服薬指導等の業務はかかりつけ薬剤師が行うことを原則とする。かかりつけ薬剤師以外の保険薬剤師が服薬指導等を行った場合は当該指導料を算定できない。
(7) かかりつけ薬剤師は、担当患者に対して、以下の業務を行っていること。
① 薬剤服用歴管理指導料に係る業務を実施した上で患者の理解に応じた適切な服薬指導等を行うこと。
② 患者が服用中の薬剤等について、患者を含めた関係者が一元的、継続的に確認できるよう、患者の意向を確認した上で手帳を用いて当該指導等の内容を記載すること。
③ 患者が受診している全ての保険医療機関の情報を把握し、服用している処方薬をはじめ、要指導医薬品及び一般用医薬品(以下「要指導医薬品等」という。)並びに健康食品等について全て把握するとともに、その内容を薬剤服用歴に記載すること。また、当該患者に対して、保険医療機関を受診する場合や他の保険薬局で調剤を受ける場合には、かかりつけ薬剤師を有している旨を明示するよう説明すること。
④ 患者から 24 時間相談に応じる体制をとり、開局時間外の連絡先を伝えるとともに、勤務表を作成して患者に渡すこと。ただし、やむを得ない事由により、かかりつけ薬剤師が開局時間外の問い合わせに応じることができない場合には、あらかじめ患者に対して当該薬局の別の薬剤師が開局時間外の相談等に対応する場合があることを説明するとともに、当該薬剤師の連絡先を患者に伝えることにより、別の薬剤師が対応しても差し支えない。
⑤ 患者が他の薬局で調剤を受けた場合は、その服用薬等の情報を入手し、薬剤服用歴の記録に記載すること。
⑥ 調剤後も患者の服薬状況の把握、指導等を行い、その内容を薬剤を処方した保険医にその内容を情報提供し、必要に応じて処方提案すること。服薬状況の把握の方法は、患者の容態や希望に応じて、定期的に連絡できるようにすること(電話による連絡、患家への訪問、患者の来局時など)。また、服薬期間中に服用中の薬剤に係る重要な情報を知ったときは、患者又はその家族等に対し当該情報を提供し、患者への指導等の内容及び情報提供した内容については薬剤服用歴の記録に記載すること。
⑦ 継続的な薬学的管理のため、患者に対して、服用中の薬剤等を保険薬局に持参する動機付けのために薬剤等を入れる袋(いわゆるブラウンバッグ)を必要に応じて配布し、その取組の意義等を説明すること。また、患者が薬剤等を持参した場合は服用薬の整理等の薬学的管理を行うこととするが、必要に応じて患家を訪問して服用薬の整理等を行うこと。
(8) 薬剤服用歴管理指導料、かかりつけ薬剤師包括管理料又は在宅患者訪問薬剤管理指導料(当該患者の薬学的管理指導計画に係る疾病と別の疾病又は負傷に係る臨時の投薬が行われた場合を除く。)と同時に算定できないこと。
「個人の電話番号を教える」だの「勤務表を渡せ」だの「好きな薬剤師を指名」だのセンセーショナルな部分のみが取り沙汰されましたが、少し見方を変えればほとんど何も変わっていません。時間外の連絡先は「個人の」とは言っていないのでそれ用の店舗ケータイの番号で構いませんし、何なら代打も可能です。ケータイを当番制にするのが現実解でしょうね。
さて、ここで疑問なのは、かかりつけ薬剤師契約を結ばなければこれらを一切しなくていいの?です。
この点に関してはアナウンスがありませんが、当然しないといけないんでしょうね。おかしな話ですが。「お薬手帳を拒否する患者」に対しても併用薬を確認する義務はありますし。
それなら70点の加算ではなく、基本料に70点オンした上で、これらのサービス一切不要と同意署名した患者のみ70点減点という形を取るほうがいいと思います。手帳持参再来局で12点減点がめでたく実現したことですし、そんな感じで。
関連記事:お薬手帳を適正に使わない患者に起こった健康被害は誰の責任?
3.患者のかかりつけ薬剤師情報の管理は?
一人の患者にかかりつけ薬剤師一人、とのことですが、これってどうやって管理するんでしょう?公式には「手帳等に記載」とありますが…
意図的かどうかはさておき、複数の薬局でかかりつけ薬剤師契約してしまう患者は絶対に出てきますよね。そして複数のかかりつけ薬剤師からサービスを受ける。ドクターショッピングならぬファーマシストショッピング。
そういえば東大阪市で生活保護受給者に限り”かかりつけ薬局”やってましたね。あれどうなったんでしょ?形骸化してる?
関連記事:東大阪市の生活保護受給者の”かかりつけ薬局”ではない薬局が処方せんを応需していいのか?
4.フィーの回収方法は妥当ですか?
サービスの権利(?)は常時あるのに対し、フィーは処方せんを持ってきたそのとき単発でしか取れません。しかもかかりつけ薬剤師が投薬した場合に限ります。
私が悪質な患者なら、優秀で親身になってくれる薬剤師と契約を結んで恒常的にサービスを受けつつ、その薬剤師がいないときに処方せんを持って行き薬をもらいます。何せ勤務表がありますからね、余裕です。保険として複数の薬局でかかりつけ薬剤師契約を結んでおくと完璧。こうすることでかかりつけ薬剤師制度にフリーライドできてしまいます。
なら「最終来局から1ヶ月で失効」にする?「クレジットカード決済で月額課金」にする?いろいろ案は出そうですが、う〜ん…
5.そこまで24時間対応にこだわる必要性は?
結局のところ、今回の制度で最も現場の薬剤師をうんざりさせているのはこの点に尽きると思います。今までと違い、わざわざ署名した書面に「24時間電話で対応」と記載されているわけですから。
「仕事終わった〜」と家に帰っても、いつ電話がなるかと身構えてると心も体も休まらないわけですよ。深夜に電話が鳴った次の日、問題なく出勤できますか?小さい子供がいる家庭だとどうでしょう?
今に始まったことではありませんが、なぜそこまで「24時間体制」だの「時間外対応」だの言うんでしょうか。「それに対応できることが地域に貢献している薬局である」とでも言わんばかりですが。
深夜に対応しなければいけないケースのために救急病院があるわけですし、そこには薬剤師もいるはずです。院外処方を応需するイチ薬局に深夜に相談するようなことがはたしてあるでしょうか?いや、ない(反語)
もしあるとすればメンヘラ系長電話か、確信犯の迷惑電話でしょう。制度設計する人たちは世間知らずに加えて現場を知らないため、世の中が性善説で回っていると思っているようですが、これが現場の感覚です。
かてて加えて、1でも書いた「システムで解決すべきところマンパワーに頼る」あたり制度設計者として完全にアウトですし、上手くいかなかったら現場の薬剤師に責任転嫁するのは火を見るより明らか。
まぁ、ゆるっとやっていきましょう。(いけるのか?
関連記事:2014年度医療費の内訳から透かし見る医療業界の真の姿